おせちの黒豆を煮るとき、鍋の底にそっと沈められる丸い鉄の塊。
「鉄たまご」と呼ばれるその素っ気ない鉄の卵は、料理の味を直接変えるわけではありません。けれど、煮汁の中に鉄分を静かに溶け出させ、黒豆の皮に含まれる色素と結びつくことで、豆を美しく艶やかな黒色へと染め上げていきます。
コトコトと弱火で煮込まれる時間の中、鍋の暗がりでただじっと身を潜めている無骨な佇まい。卵の形をしてはいながらも決して割れることはなく、ただ自らの成分を分け与えるためだけにそこに転がっています。ふっくらと仕上がった漆黒の黒豆を取り出したあと、鍋底から引き揚げられるずっしりと重い鉄の感触には、妙な頼もしさがあります。
見た目を整えるために、あえて放り込まれる異物。
華やかな正月の食卓に上る黒豆の陰には、鍋の底で静かに化学変化を支えた無言の道具が存在しています。主張しない鉄の重みと手間に支えられて生まれる深い黒色に、昔ながらの仕込みの愉しみが潜んでいるのかもしれません。