ブログやコラムを書くとき、私はAIをよく活用しています。
ただ最近、なぜか最後の仕上げだけは自分の手で行うことが増えています(おかげで手作業が増え、誤字脱字が一気に増えてしまっている今日この頃です……)。
無自覚のまま「最終工程は自分でやった方がいい」と感じるようになっていたのですが、今回その理由にハッと気がついたので記事にしてみます。
それは、「まとめまでAIに任せきりにすると、なぜか記事全体の完成度が落ちてしまう」という事実です。
出来上がった文章を最初から通して読み返すと、ロジックは破綻していないはずなのに、「なんか変だな」「AI特有のダサさが漂っているな」と冷めた違和感が残ることが度々ありました。
違和感の犯人は「最後の一文の教訓」だった
自分で記事を読み返し、推敲を重ねる中で、私はようやくその原因を突き止めました。
問題があったのは、本文のロジックでも専門用語の解説でもありませんでした。
「まとめ」の最後にある、たった一文だったのです。
まとめをAIに任せると、本文でいくら冷徹かつ論理的に解説していても、最後の最後で急に私に対してこんな「いいこと」を提案してきます。
- 「〜の先にある本質へ一歩を踏み出しましょう。」
- 「表面的な知識を脱出し、理想のトレードを目指しましょう!」
- 「この記事を参考に、今日から新しい挑戦を始めてみてください。」
さっきまで冷静だった文章が、最後だけ急に「教訓を語る学級委員長」や「熱血な自己啓発講師」のようなトーンに化けてしまうのです。
読んだ瞬間に「頼んでいないアドバイス」や「ドヤ顔のおせっかい」が飛び込んできます。この最後の一行があるだけで、本文で積み上げた鋭い論理が台無しになり、一気に「どこかで見たテンプレート文章」へ成り下がっていることに気づきました。
なぜかAIは「ちょっといいこと」を言いたがる
理由は色々想定できるのですが、とにかくAIは「まとめ=最後になんか良いことを言ってドヤ顔で締める場所」だと勘違いしているのだと理解しました。
違和感があったら「最後の一文」を削る
手作業での推敲作業の中でこの問題に気づいてから、私は実にシンプルな解決策に行き着きました。
【私が見出した解決策】
全体を読んでみて「なんか変だな」と違和感を感じたら、最後の一文で「いいこと」を言っていないかチェックする。もしあったら、その部分を全部削除する。
読者を導こうとする教訓やアドバイスをバッサリ捨てます。
これだけで、あの特有の違和感はきれいに消え去ります。
まとめ

最後の仕上げを自分の手で行うようになって(誤字脱字のチェックには苦労していますが)、AIとの付き合い方がひとつ深まりました。
文章を読み返してみたとき、違和感を感じることがあり、その原因が、最後の一文の「ちょっといいこと」だと分かりました。
この「いいこと」にAIのドヤ顔が見えたら、私はその部分を消去します。それだけで、記事はすっきりとまとまります。
