最近、ふるさと納税の話題を見かけるたびに「また改悪か」と冷めた気持ちになります。
毎年10月が近づくたびにルールの厳格化が進み、経費制限や地場産品基準の締め付け、さらにはポイント還元の禁止まで……。どんどん縛りがきつくなり、どこを見ても同じような返礼品が並ぶ、すっかりおとなしい制度になってしまいました。
そんなニュースを見ながら、ふと思うのです。
「あの金券勝負をやっていた頃が、一番面白かったな」と。
泉佐野市の暴れっぷりに「もっとやれー!」と思った黄金期
泉佐野市をはじめとする攻めた自治体が、Amazonギフト券や旅行券、商品券をドカンと並べて総務省とやり合っていた頃。あの時期こそ、間違いなくふるさと納税の黄金期でした。
国(総務省)からどれだけ睨まれようが、「地元の財政のために寄付を集めて何が悪い!」とばかりにギリギリの攻防を繰り広げる自治体のハングリー精神。
それを見ていた私は、「そうだ、もっとやれー!」と心の中で大喝采を送っていました。
自治体が知恵と度胸を振り絞り、ユーザー側も「今日中に申し込まないと全滅するかも」とワクワクしながら参加する。自治体と寄付者の利害が一致し、熱狂的な「ガチンコ勝負」が繰り広げられていたあの空間には、間違いなく本物の面白さがありました。
連発する改悪、事なかれ主義への失望
しかし、いまや見る影もありません。
総務省の事なかれ主義と管理ロジックによって、尖ったアイデアやお得感はことごとく潰されました。
「一部の自治体だけが得をするのは不公平だ」 「税金の奪い合いをやめさせろ」
そうやって全員を一律の小さな枠にはめ込んだ結果、残ったのは事務手続きばかりが面倒で、誰もワクワクしない「ただのカタログギフト」です。
本来、自治体が自由な発想で競い合うからこそ意味があったはずなのに、出る杭をすべて打って平均化してしまった。この連続する改悪と事なかれ主義の現実を突きつけられたとき、私の中にふとこんな感情が湧いてきました。
「……こんなつまらないものなら、もうやめたら?」
まとめ

トラブルや批判を恐れて全体を小さく収めることしかできないなら、膨大な事務コストをかけてまでこの制度を続ける意味があるのでしょうか。
かつて「もっとやれー!」と熱狂していたあの頃の面影はもうありません。
一律に管理され、すっかり冷め切ってしまった今のふるさと納税を見ていると、「そこまでして存続させるくらいなら、いっそ制度ごと畳んでしまえばいいのに」とすら思ってしまうのです。
