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「不正選挙は無かった」と言い切る人──“言い切る”という行為に、違和感が重なった日

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「不正選挙は無かった」と言い切る人がいます。 その人は、選挙管理委員会の職員かもしれませんし、 報道機関の記者かもしれません。 あるいは、SNSで情報を検証する人かもしれません。

でも、今日の記録は「誰が言ったか」ではなく、 「なぜ言い切ったのか」に焦点を当てたいと思いました。

選挙は、制度として厳密に設計されています。 投票箱には複数の鍵がかけられ、 開票所には立会人がいて、 票の改ざんは“極めて困難”だとされています。

だから、「不正は無かった」と言い切る人は、 制度の厳密さを根拠にしているのだと思います。

でも、記録者としては、 「言い切る」という行為に、少しだけ違和感を覚えました。

過去には、白票の水増しや票の紛失など、 “ミス”とされる事例が実際に起きています。 それは「不正」ではないかもしれませんが、 「完全に無かった」と言い切るには、 少しだけ“残り方”があるように感じました。

今日は、「不正選挙は無かった」と言い切る人に、 “言い切ることの温度”を感じた日の記録です。

制度の厳密さと、記録の柔らかさ。 その間にある“残り方”を、記録しておきたいと思いました。