選挙監視員という言葉を聞いたとき、 それは「誰かを見張る人」というよりも、 「何かを見届ける人」なのかもしれないと感じました。
米ミシガン州で、 選挙監視員が「7千票が13万票になった」と告発した、という報道を見ました。 その数字の違和感よりも、 「見ていた人がいた」という事実のほうが、記録として強く残りました。
監視という言葉には、 「疑う目」も「守る目」も含まれているように思います。 その目があったからこそ、 違和感が記録されたのではないかと思いました。
本日の記録は、 「監視という言葉が、自分の感覚に重なった日」についてです。 誰かが“見ていた”こと。 そして、その“見ていたこと”が、記録となったこと。
それは選挙の話であり、 記録の話でもありました。