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プロ経営者──職業としての経営と、語れない所有の粒子

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プロ経営者という語に触れたとき、 それは企業のオーナーではなく、雇われて経営を担う人を指す。 株主でも創業者でもない。 けれど、経営のすべてを任される。 そのねじれが、「プロ」という語に沈んでいる。

プロとは、職業であり、専門性であり、 報酬によって成立する役割でもある。 だが「経営者」という語は、 本来は所有と責任を含む。 その語に「プロ」がつくことで、 経営が職能として切り出される。

プロ経営者は、 制度としては役職であり、 語感としては職業であり、 構造としては委任であり、 記号としては「所有なき支配」である。

経営とは、判断と責任の連続。 だがプロ経営者は、 その責任を株主に対して負う。 社員に対してではなく、 顧客に対してでもなく、 制度の中で定義された「所有者」に対して。

今日は、「プロ経営者」という語に触れて、 職業と制度、そして語感に沈む構造と語れない所有の粒子を記録しました。 語れるほどではありませんが、経営という言葉の余白として、 その揺らぎをそっと残しておきたいと思います。