FXには、「感覚トレード」や「雰囲気トレード」と呼ばれるものがあります。私は、この2つをほぼ同じ意味で使っています。
感覚でトレードすることを、否定するつもりはありません。ただ、できることなら、その感覚は観察や検証の結果であってほしいと思っています。
では、自分がトレード中に感じている感覚は、いったい何なのでしょうか。本当に、ただの感覚なのでしょうか。
日々チャートを観察してきたこと。過去の値動きを見てきた経験。そこから得られた経験則。そうしたものが、自分でも気づかないうちに混ざり合い、ひとつの感覚になっているのかもしれません。
今のところ、はっきりしたことは分かりません。
感覚には、何かが含まれているのだろうか
例えば、チャートを見ていて、「ここは上がりそうだ」と感じることがあります。では、なぜ上がりそうだと思ったのでしょうか。
明確な理由を説明できるなら、それは感覚というより、何らかの判断材料に基づいた予測なのかもしれません。しかし、理由をうまく説明できないこともあります。
何となく上がりそう。何となく下がりそう。言葉にしようとすると、途端に難しくなります。それでも、自分の中では何かを感じています。
この感覚は、どこから来るのでしょうか。
もしかすると、過去に似たような値動きを何度も見てきたことが関係しているのかもしれません。チャートを観察しているときには特に意識していなかったことでも、似た場面に遭遇したとき、過去の経験が判断に影響している可能性はあります。
ひとつひとつの値動きを明確に記憶していなくても、何となく似ていると感じる。そして、その感覚が売買の判断につながります。
そう考えると、感覚でトレードしているつもりでも、実際には、これまでの観察や経験が影響しているのかもしれません。
観察と検証は、感覚に変わるのだろうか
以前、FXにおける「観察」と「検証」について考えたことがあります。観察と検証は、似ているようで違います。チャートを見て値動きの特徴を捉えることと、過去の値動きやトレード結果を確かめることは、同じではありません。
では、この2つは、実際のトレードにおいても、いつも明確に分かれているのでしょうか。
観察してきたことが経験として蓄積され、検証によって、ある値動きに対する理解が深まる。そうした経験が積み重なることで、いちいち言葉にしなくても、何かを感じ取れるようになる。
もしそうなら、感覚トレードは、観察や検証と無関係なものではないのかもしれません。観察や検証の結果が、意識できる形ではなく、感覚という形で残っている。そんなことも考えられます。
ただし、これは今の私が考えている仮説にすぎません。感覚の中に何が含まれているのか、自分でもはっきりとは分かっていません。
感覚が当たることと、優位性があることは違う
もちろん、感覚で判断したトレードが利益になったからといって、その感覚に優位性があるとは限りません。たまたま予想が当たっただけかもしれません。利益になったトレードはよく覚えていても、外れたトレードは忘れてしまっている可能性もあります。
自分では相場を読めているつもりでも、実際には、都合のよい結果だけを見ているのかもしれません。だからこそ、感覚をそのまま信じてよいのかという問題は残ります。
一方で、感覚だからという理由だけで、すべてを否定する必要もないと思っています。明確なルールにできないからといって、そこに何もないとは限りません。まだ言葉にできていないだけで、これまでの観察や経験から何かを感じ取っている可能性もあります。
ただ、その感覚が本当に役に立っているのかどうかは、また別の話です。ここは、分けて考えたほうがよさそうだと思います。
自分の感覚を、もう少し知りたい
私は、感覚トレードを否定したいわけではありません。むしろ、自分が感じているものの正体を知りたいと思っています。
その感覚は、単なる思いつきなのでしょうか。それとも、日々の観察や検証、これまでの経験則が混ざり合ったものなのでしょうか。あるいは、その両方なのかもしれません。
今はまだ、うまく説明できません。ただ、もし自分の感覚が、これまで積み重ねてきた観察や経験の結果なのだとしたら、それは少し面白いことだと思います。意識して考えたことだけが、自分の判断に影響しているわけではないのかもしれないからです。
反対に、自分では経験に基づいた判断だと思っていても、実際には、ただの思い込みである可能性もあります。その違いを、今の自分が明確に区別できているとは思いません。
まとめ

感覚トレードとは何なのか。自分が感じているものは、どこから来るのか。もう少し観察を続けていけば、何か分かることがあるのでしょうか。
今のところ、答えは出ていません。ただ、感覚だと思っていたものの中にも、これまでの経験から得られた何かが含まれているのかもしれません。
そんなことを考えています。

