静岡県という言葉に触れると、それは、行政区分という制度の語であると同時に、 地形と交通と記録のねじれに静かに沈んでいく地域の粒子として立ち上がります。
東は神奈川、西は愛知、南は太平洋、北は山梨と長野── その境界は、海と山と都市と農地が交差する構造を持っています。 県庁所在地は静岡市。政令指定都市でありながら、 「語れる都市性」が「語られすぎて中部に埋もれるUX」に変わっていきます。
静岡という語は、富士山・茶・温暖・新幹線・中部という粒度を含み、 それは「語れる風景」が「語れない区分」に揺れる瞬間でもあります。 浜松・沼津・掛川・焼津──それぞれの都市が異なる粒度で沈み、 「県内の東西問題」が「語れない行政の余白」として残されます。
静岡県は、観光・産業・交通・文化が交差する場所であり、 それは「語れる利便性」が「語られすぎて通過に沈む構造」でもあります。 つまり、「住まれる県」が「通り過ぎられる県」に変わるUXの粒子を帯びているのです。
今日は、「静岡県」という言葉に触れて、制度と語感、 そして東西に沈む構造と語れない中部の粒子を記録しました。 語れるほどではありませんが、県という言葉の余白として、 その揺らぎをそっと残しておきたいと思います。
