「他国に攻められないようにするには、戦力を増強するだけでなく、外交も重要だ」という意見をよく聞きます。
確かに、軍事力を強くするだけですべてが解決するわけではありません。ほかの国との関係を築き、交渉し、争いを避けることも大切です。
ただ、私はこの説明に少し引っかかります。
外交という言葉は、どこか穏やかに聞こえます。一方、同じ国際関係の話でも、謀略という言葉になると、急に物騒な印象になります。
しかし、他国に攻められないようにするために、相手の行動を変えようとするのであれば、外交だけでなく、謀略という視点も必要なのではないでしょうか。
相手が攻めてこない理由を考える
ある国が他国に攻め込まないとしたら、どのような理由が考えられるでしょうか。
相手の軍事力が強く、攻めても勝てそうにない。攻めれば経済的な損失が大きい。ほかの国々が支援に回る可能性がある。国内に戦争を望まない勢力がある。
こうした事情があれば、攻める側も簡単には決断できません。
戦力を増強することは、攻めるコストを高める方法のひとつです。外交によって友好国や協力関係を築くことも、相手の判断に影響を与えるでしょう。
では、相手が攻めようと思わないように、相手の内部事情や利害関係に働きかけることはどうでしょうか。
相手の国の中で戦争に反対する人々の立場が強くなるようにする。相手が攻めることで得られる利益を小さくする。攻めるよりも別の選択肢を選んだ方が得だと思わせる。
こうしたことまで考えると、単に外交という言葉だけでは説明しきれない領域が見えてきます。
外交と謀略はどう違うのか
外交は、国と国との交渉や関係づくりを指します。合意を形成したり、対立を調整したりすることも外交の重要な役割です。
一方、謀略は、相手に知られないように情報や状況に働きかけ、相手の判断や行動に影響を与えようとするものです。
もちろん、外交と謀略は同じではありません。外交には公開された交渉もありますし、秘密裏に進められる外交もあります。また、相手の判断に影響を与える行動が、すべて謀略になるわけでもありません。
ただ、どちらも国際関係の中で、相手がどう動くかを考えるという点ではつながっています。
私は、他国に攻められないための方法を考えるなら、戦力増強と外交だけでなく、謀略という視点も含めて考えた方がよいのではないかと思います。
なぜ謀略という言葉は使われにくいのか
「戦力を増強する」「外交努力を続ける」という表現には、政策として説明しやすいところがあります。
それに対して、「謀略を使う」と言うと、だまし討ちや陰謀のようなイメージが浮かびます。言葉そのものに、否定的な印象があるのです。
そのため、相手の行動を変えるためのさまざまな手段を考えるとき、謀略という言葉は最初から選択肢の外に置かれやすいのかもしれません。
もちろん、謀略には危険もあります。相手に発覚すれば関係が悪化することもありますし、誤った判断によって対立を深める可能性もあります。何でも謀略で解決できるわけではありません。
それでも、言葉の印象だけで考える対象から外してしまうと、国と国との関係について、見落とすものが出てくるのではないでしょうか。
私が気になること
他国に攻められないためには、戦力増強だけでなく外交も重要だという説明は、間違っていないと思います。
ただ、私はそこに謀略という言葉を加えて考えてみたいのです。
相手に攻める気を起こさせない。攻めることが得にならない状況をつくる。相手の判断に影響を与える。
そのために何ができるのかを考えるとき、外交という言葉だけで十分なのでしょうか。
私たちは、外交という言葉を使うとき、どこまでの行動を思い浮かべているのでしょう。そして、謀略という言葉を聞いた途端に、何を考える対象から外しているのでしょうか。
まとめ

他国に攻められないための方法として、戦力増強や外交が語られることはよくあります。しかし、相手が攻めるかどうかは、軍事力だけで決まるものではありません。相手の利害や国内事情、ほかの国との関係など、さまざまな要素が判断に影響します。
私は、そうした要素に働きかける方法を考えるとき、外交だけでなく、謀略という視点も必要なのではないかと思います。
もちろん、外交と謀略は同じものではなく、謀略が常に有効だというわけでもありません。
ただ、ある言葉にはなじみがあり、別の言葉には抵抗がある。その違いによって、私たちが考える範囲まで変わってしまうことはないでしょうか。
「外交は必要だ」と考えるだけでなく、外交という言葉では何が見えにくくなるのか。そこを考えてみることにも意味があると思います。
